研究紹介

自律型人工知能の研究

人工知能はとても便利であり,人類の生活に欠かせないものへとなりつつあります.しかし,現在までに人類が開発に成功して活用できている人工知能は,例えばファンタジーの世界における人工知能のように,自分自身で物事を考え,感情を持って人に寄り添うような存在でしょうか?全く違いますよね.現在までに人類が開発に成功した人工知能は特化型人工知能と呼ばれる存在であって,人に与えられた問題を解くだけの存在です.

今後の人工知能研究の方向のひとつとしては,この特化型人工知能をいかに人間の生活に役立てるかという観点から進められるのではないでしょうか.これまでは計算機上に構築された人工知能を,今度はロボットのような現実世界における形を持った存在に載せる方向の研究です.そのような際には強化学習法と呼ばれる制御のための機械学習法が今よりさらに重宝されるのかもしれません.

そのような方向とは異なる研究の方向としては,汎用的な行動をする人工知能である汎用人工知能を構築しようとする研究や心を持った人工知能である強い人工知能を構築しようとする研究があるのではないかと考えます.汎用人工知能や強い人工知能は特化型人工知能の研究の延長線上にあるような存在とは思えません.これを実現しようとするためには,これまでとは別の観点から独自の研究が進められなければならないでしょう.

私達はあたかも人のように行動できる人工知能を作りたいと思っています.それは多分強い人工知能と呼ばれるものなのだと思います.そのために人工知能に持たせなければならないのではないかと想像しているものは,自己と環境の認識能力,記憶力,認識と記憶を統合する能力,運動能力,文章運用能力です.意識のようなものについても考慮する必要があります.また,カントは自らに法を与える存在こそが自律的であると言及しましたが,この考えに従うのであれば,価値観を学び,自己を改変できる能力も必要なのかもしれません.私達はこれを強い自律性を持った人工知能と呼んでいますが,それについての考察も薦めています.

人のように自律的に行動する人工知能を構築することは極めて困難と考えられます.心とか意識とかのキーワードがちらつくためです.しかし,そんな中にあって,私達はそれらが何であるかを明らかにするような研究をしているわけではありません.そのような研究というよりは,第二人称または第三人称的にあたかも心のようなものを持ったように振る舞い,自律的に行動できる存在を作りたいと思っています.特に,現段階では身体性を考慮せずに,計算機上で自律的に振る舞うエージェントの開発を念頭に置いて研究を進めています.それを実現するために必要な要素は強化学習法と複雑な世界モデル,生物進化学であると信じ,それらの知識を深めています.


人工知能を開発するための技術開発

文字列,文脈,配列とかと呼ばれる構造のデータを処理することができるような人工知能を構築するための技術の開発を行ってきました.配列データは人間の生活の営みのありとあらゆるところに存在しているデータです.例えば,人が話す自然言語も配列データであるし,人を作っているタンパク質も配列データであるし,時系列や点過程データも配列データです.配列データを上手に処理することができる人工知能技術は様々なところで活用の可能性があるのです.

例えば,研究室の立ち上げの時期に行っていた研究は配列中の文脈を高速に処理するための方法の開発です.人工知能の研究界隈ではアテンションネットワークという文脈を解釈するニューラルネットワークの性能が素晴らしくて様々な分野で活用されているのですが,文脈の解釈はアテンションネットワークでなくともできるのではないかと考えて文脈を解釈する方法を新たに開発した研究です.下に示した図のような計算を行います.

Relationの計算の方法

また,研究室のキーワードとして最も精力的に基礎研究を行っているものは強化学習法に関する研究です.自律型人工知能を実現するためには強化学習法を活用することが最適であると考えており,強化学習法そのもの性能向上に関する研究に興味を持っています.


人工知能によるエンターテイメント研究

対戦ゲーム等の勝敗があるゲームを含め何らかの目的を達成しようとするビデオゲームをクリアしようとする人工知能を作るための研究をしています.特に強化学習法を用いたエージェントの構築に興味を持って進めています.以下の動画は,棒を倒さないように台車を絶妙な速さで動かさなければならないゲームをエージェントにプレイさせたものです.また,ロールプレイングゲームにおいてゲーム内のキャラクターとプレイヤーで自然な会話ができるようになるための基礎的な技術の開発に取り組んでいます.

強化学習エージェントのデモンストレーション

また,エンターテイメントに関する分野では漫画に関する研究をしています.漫画は世界中で親しまれる文化ですが,様々な要素が絡む複雑な構造を持っていて,その面白さの要因を解明することは困難です.これまでに,個々の作品や作家の分析は行なわれてきましたが,大規模なデータを利用した定量評価はされてきませんでした.私達は,人工知能技術を利用して漫画の面白さを解き明かすことを目標に,漫画データセットの網羅的統計解析,統計量データベースの開発,キャラクターやコマ割り検出等の課題に取り組んでいます.


人工知能のガバナンス研究

人工知能が人のこれまでの価値観や歴史を学び人に寄り添うような形で今後自律性を持って行動できるようになるとするなら,つまり,教師あり学習法によって自律型人工知能が実現されるなら,または,倫理回路がこれまで同様,人のフィードバックに基づいて開発されて人工知能に組み込まれるなら,自律型人工知能がもたらすリスクは軽減できるように思います.そんな中,私達は現在において自律型人工知能構築のために最も適した方法は強化学習法ではないかと考えています.与えた世界モデルの上で人工知能がランダムな試行を繰り返す中で自律性を獲得した場合において,その人工知能が持つ倫理は人の倫理と同じであるとは限りません.よって,自律型人工知能の研究を進めるのであれば同時にそのガバナンスの研究をすることが必須と思われます.そのような観点から,ELSI,特に人工知能のガバナンスの研究をしています.